義経:35回 「決戦・ 壇ノ浦」
やはり、泣きのポイントは知盛夫妻でした。
途中まで、時々うるっときたものの、泣く程までではなかったのですが、敗戦後の身の処し方を女達に伝えた知盛の別れの言葉に、明子の「いいえ、夢の都でお会いいたします」で、涙腺決壊。その後は、時子の一言一言に、女達、帝(親王)が海に身を投げる場面に、涙がボロボロ。
そして、「見るべきほどのものは、すべて見た」。知盛の最期。終わった、という感じでした。
阿部寛氏の知盛と、松坂慶子さんの時子は、最高でした。表情を見ているだけで、ぐっときました。最期、時子は微笑みましたものね。
さて、目は知盛にいきがちでしたが、主役は義経くん。知盛と一対一で戦う場面、重い鎧を身に着けて、軽々と跳んでいました、キラキラしていました。たしかに、金粉ショーです。かっこよかったです(知盛の方が、かっこよかったけど)。
『義経』は、戦闘場面を描くのが得意ではないのかしら、と思っていましたが、今回の船戦はなるほど、船戦とはこのようなものか、と感心しながら見ました。最初、義経達が見ていた地図は、予習しておいた「源氏の歴史<NHK大河ドラマ「義経」をもっと面白く見るために>」のとおりでしたし。
ゴマキはいい演技をしていましたが、梶原殿のエピソードは、ビミョーでした。
梶原殿「先陣をつとめたい」→義経くん「船戦に長けているから、三浦氏に先陣を任せる」→」梶原殿、怒って退出。この流れだと、梶原殿がわがままを言っているように感じます。これで、讒言しちゃうの?
あぁ、それにしても、知盛、時子が海に沈んで、脱力。
この先、何を楽しみに『義経』を観ればいいのでしょう。
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Listed below are links to weblogs that reference 義経:35回 「決戦・ 壇ノ浦」:
» 義経35「今はこれまで!」 [ぱるぷんて海の家]
今日はリキ入れて、気合い入れて、心静かに、ツッコミも一切いれず、
ひたすら平家の最期を、皆ともに泣こうぞという気持ちで臨んだのです、今日の義経。
でも、なんだか・・・不完全燃焼です。
・・・・・・・・
梶原の景時なんだかニコニコして上機嫌だと思ったら....... [Read More]
Tracked on September 04, 2005 at 11:14 PM
» 見るべきほどのものは・・・すべてみた。 [Patra Ichida @ Blog]
いよいよ待ちに待った壇の浦の戦い。
先陣を願いでる藤原の景時を厳しい目ではねつける義経さん、決意が漲る目力に
この8ヶ月での成長がうかがえます。
じれったくてたまらなかった滝沢義経あきらかに変わってきていますね。遅いよ。
船の漕ぎ手を狙い撃ちするという....... [Read More]
Tracked on September 05, 2005 at 03:23 AM
» 決戦・壇ノ浦。 [徒然 オブ TAIGA]
ま~たまたまたまた景時と義経は対立。先陣を務めたいという景時を義経が一蹴したから [Read More]
Tracked on September 05, 2005 at 08:09 PM
» 第35回 「決戦・ 壇ノ浦」 [TOSUのブログ]
ついに、壇ノ浦です。
いきなりオープニングのタイトルロールになりました。
先週説明だけのタイトルロールは意味ないと言ったばかりなので、ちょっとビックリ!
でも、たまたまな訳で…;
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梶原景時(中尾彬)が発言。
「時に、九郎... [Read More]
Tracked on September 06, 2005 at 11:21 AM
» 決戦・壇ノ浦。 [徒然 オブ TAIGA]
ま~たまたまたまた景時と義経は対立。先陣を務めたいという景時を義経が一蹴したから [Read More]
Tracked on September 10, 2005 at 11:11 AM
» みもすそ川 <壇ノ浦の戦い編> [日子のさらさら日記]
今話題の「武蔵」「義経」の相乗効果で、壇ノ浦もきれいに整備されました。
このあたりを地元の人は「みもすそ川」と呼んでいます。
関門海峡のこのあたりで壇ノ浦の戦いが繰り広げられたんですね{/roket/}
石碑にはなぜか、市長の名前も入っています{/hiyo_shock2/}
安徳天皇が... [Read More]
Tracked on September 21, 2005 at 02:35 AM








Comments
御紹介有難うございます♪
そーですね♪私も明子様と知盛殿の交わされたお言葉からウルウルときちゃいました。
あー・・・時子様と知盛殿がなくなられてから以後はなんか見所がなくなったような気もしないでもないですが、取り出してみる限り、「佐藤忠信殿の討死」「静様の鎌倉での舞」「九朗様・郎党一行の最後」くらいかなぁ・・・と。
阿倍寛さん、カッコよかったです♪
Posted by: ちこりん | September 04, 2005 at 10:45 PM
知盛は、本当によった。
さすが阿部チャンって感じです。
Posted by: TOSU | September 04, 2005 at 10:58 PM
>ちこりんさま
「佐藤忠信殿の討死」も、泣けちゃうだろうな、と思います。
4ヶ月余っていることを考えると、奥州の場面もけっこうあるのかもしれませんね。東北の人間としては、奥州藤原氏が攻められるのを見るのも、辛いです。
>TOSUさま
今回は、知盛が主役でしたよね♪
Posted by: ヒロ子 | September 05, 2005 at 07:03 PM
コメントありがとうございました。
壇ノ浦の撮影は20キロの鎧を着たまま落ちると死ぬので、
救助隊を待機させて撮影したそうですけどね。宗盛は鎧…着てたかな?(笑)二位尼の最期の笑みが印象的でした。
Posted by: yotsumi | September 06, 2005 at 07:37 PM
>yotsumiさま
はて、宗盛、鎧は着ていたはず…ですよね??
着物や鎧を着けて海に落ちるのは、救助隊がいても、ちょっとイヤかも。役者さんって、大変ですね。
Posted by: ヒロ子 | September 06, 2005 at 09:15 PM