功名が辻:第43回「決戦へ」
今日は山内一豊デーでしたね。
まずは千代さんから届いた石田殿の書状を徳川殿へ差し出す一豊さま。ここはすっかり千代さんの筋書き通りです。徳川殿に見せることを目的とした一豊さま宛の手紙、すっかり徳川殿も千代さんの策略にのせられています。恐るべし、内助の功。
続いて、徳川殿に味方すると決めたものの迷いのある福島殿に説教する一豊さま。
「福島殿は誰の為に戦をなさる。それがしは、それがしの家臣と領民の安堵のためならばこの命は惜しみませぬ。」
若い頃と変わらない馬鹿正直な言葉ですが、福島殿に響いた様子。年を重ね、言葉に重みと真実味が備わったということなのでしょうか。
続いて、家督を継いだ堀尾殿の息子が登場。父親から「徳川殿が石田攻めを決めたら、城を徳川殿に明け渡せと言われた」と相談をもちかけます。なんと一豊さま、軍議の席でこの堀尾殿の言葉をぱくっちゃいました。「掛川の城と領地、いっさいがっさい徳川様にお渡しいたします。」感激(したふり)をする家康殿。後に続く大名達。一豊さま、年をとり、このあたりの知恵もついてきたのですね。その後、一豊さまに謝られた堀尾殿の息子、「山内様に言われたら、父も喜びましょう」とは父親譲りのいいヤツでした。
掛川城を明け渡し、雨の中で待機する山内軍。不平をこぼし徳川家の勝利を疑う兵に一豊さまは言います。
「勝てるかどうかではない、われらが徳川様を勝たせるのじゃ!」
「わしは運が強い。皆もその運を信じよ!!」
「皆の者、死に物狂いで共に戦おうぞ!!!」
おおおっ!一豊さま、士気を上げるこんな演説もできるようになったのですね。かっこいいです。
長くなりますので、大阪の話は他の方のブログにお任せしたいと思います。
が、一つだけつっこませてください。
「六平太、一豊さまを守って。一豊さまはもう若くないの。」
千代さん、もう六平太も若くないですからっ。

















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