功名が辻

December 10, 2006

功名が辻:最終回「永遠の夫婦」

最終回、何と感想を書いたらよいやら。

ドタッと倒れて半身不随になったものの、それなりに元気になられた一豊さま。医者になった徳次郎って誰?と思ったら、あのきかんぼうの坊やだったのですね。新右衛門のボケもホームドラマらしくほのぼのムードです。

最終回らしく堀尾殿も登場。しかし、静かに昔を懐かしむための来訪ではないようです。中村家が割れている、治めるために兵を出さないかと言うのです。
「出しませぬ!」
きっぱり断ったのは、千代さん。さらに堀尾殿に説教をします。最終回ですから、一箇所くらいは千代さんの説教もあっていいでしょう。

秀忠殿征夷大将軍就任の祝いに、上京する一豊さま。家康殿から、山内家の跡取り忠義に、養女を嫁がせるとの話があります。縁を固めたところで、「土佐殿、秀頼君はもうだいぶ大きうなられたであろうの。土佐殿、この家康、まだやらねばならぬことがある」と家康殿。一豊さまは、この言葉で徳川殿が何を考えているかピンときました。土佐へ帰る船上でも浮かない顔。もちろん千代さんとは相談したのでしょうけれど、康豊殿、忠義殿、家臣達の前で、徳川家との縁組を発表し、さらに山内家は豊臣と縁を切る、と宣言したのです。
「最後の戦の時は、迷うことなく徳川様へ随え。」
皆の前できっぱりと言い切り、一豊さまは倒れました。

ここからはもう涙、涙です。(黄金を七枚、八枚・・・と数える場面や、叔父上の爆発頭に笑いつつ。)
回想シーンを見ながら、本当に一豊さま、これまでよく生き延びたよ、と感心していたら、一豊さまも「よくぞわれらは生き延びたのう。」「そもそも千代と出遭うたことがわしの開運の始まりじゃ。」最後まで千代大好きモード全開の一豊さま。

「千代は日の本一の女房じゃ」
「日の本一の夫婦になるのでございます」
「日の本一幸せな夫婦に」

最後の接吻。大河ドラマっぽくないけれど、山内一豊さまと千代さんだからこれはこれでいいのです。大好きな奥さんに看取られて一豊さまはとても幸せな人だなぁ、と思ったのでした。そして、千代さんと一緒に号泣し、あぁ終った~と思ってからが長かった。

千代さんってば、淀君を説得して、秀頼君を上洛させているし。
淀君の最期があって、家康殿の最期があって、主役は誰なのでしょう状態。

とりあえず、一番最後に上川一豊さまの爽やかな笑顔を見たので、終りよければ全てよしとしましょう。


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December 03, 2006

功名が辻:第48回「功名の果て」

千代さんの「双六のように立身出世を楽しんできた」という仰天発言で幕を開けた第48回。おいおい千代さん、ヒルズ族じゃないのですから、ゲーム感覚で立身出世を楽しんではいけません。「ダンナサマに土佐のような大国を治める力はありません」って、それを言っちゃおしまいです。脚本家殿、賢妻にこんな台詞を言わせてはいけません。さらには、嫡男を亡くした新右衛門にまで気を遣わせて・・・。最終回を前に、一豊さまのいい人ぶりを際立たせる演出なのでしょうか。

立派な(美形の)僧に成長した拾君に「寛猛自在。父上の方が母上よりも嘆き苦しんでおります」と諭されたところに、一豊さまが倒れたとの知らせ。これは仮病なわけですが、

「千代がおらねば、わしは何も感じぬ。喜びも悲しみも、何も感じぬのじゃ。千代がおらねば生きておる甲斐などないわ。」

悩み苦しんでいる自分を放っておいて、「ダンナサマに大国を治める力はない」と言い切って家出した奥さんに、ふつう言わないだろうと思いつつ、一豊さまがあまりに健気で涙ぐんでしまいました。

とにもかくにも円満に解決し(一豊さまにはかなり心労があったわけですが)、女大名・軍師千代さんは山内家に復活。徳川家から山内家に嫁を世話して貰いたい、と寧々様に打診します。それを一豊さまが家康殿に伝えると、「これは千代殿のお考えか」とバレバレでした。

河内山城が完成し、天守閣から城下町を眺める一豊さま、千代さん夫妻。しかし、ついに一豊さまは倒れてしまうのでした。

高知城の解説を見ながら、やはり一豊さまは一国一城の主になるだけの才能を持っていたのではないかと思いました。内助の功や運だけで乱世は生き残れないでしょうし、立身出世もできないでしょう。良き妻、良き家臣を持ち、素直で実直な人柄で人徳もあり、そして周囲の意見を上手に取り入れる才能があったからこそ、土佐守になり、そして土佐が繁栄する礎を築くこともできたのではないか、そんなことを考えました。

最終回、泣く準備をしておかなくちゃ。

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November 26, 2006

功名が辻:47回「種崎浜の悲劇」

辛い代償でした。

一領具足を一掃し、土佐を平定する。そうしなければ、徳川の天下は危ういし、徳川の天下が危ういと、山内家の存続も危うくなる。国のため、徳川のため、そして一豊と千代のため、六平太は非道な策を提案・実行し、千代さんに対して自らの命で責任をとるのです。

って、主役は六平太かいっ!

新一郎も死んじゃったし。新右衛門爺も悲しすぎました。

と、後半は涙ボロボロでしたけれど、頭の半分では”ぱるぷんて海の家”さんドンピシャだよ、と思っていました。


視聴者に読まれている脚本家さんですが、ここで一豊さまに「敦盛」を舞わせるとは、一本取られました。

人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり
一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか

舘信長殿が舞わないと思ったら、こうきましたか。でも、あと2回を残してここで一豊さまは「敦盛」を舞ってしまうのですよね。千代さんには暇を請われるし。あと2回、辛すぎです。

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November 19, 2006

功名が辻:第46回「土佐二十万石」

土佐二十万石を貰ったものの、長宗我部の家臣や一領具足と言われる人達により、一豊さま達の入国は遅れています。まして、土佐を平定し、山内家の政を敷くためにはさらなる困難が待ち受けているよう。天国のキチベー、どうぞ一豊さま達をお守りください。

さて、強運の男、一豊さまですが、千代さんに「明智様や石田様と何がそこまで違ったのでしょうか」と問いかけられて、「器量かのう」と真顔で答えています。これには、寧々様以外のTVの前のみなさまも苦笑もしくは爆笑。さらには、家臣に「影武者を立ててはいかが」と言われ、「今、わしには天運がついている。鉄砲の弾も避けて通るのではないか」と自信満々。この話を聞いて、寧々様、さらに大爆笑です。が、続いて千代さんに「男は皆、そういうものじゃ。気に入らぬなら対馬守を見捨てよ。できないならば、何があろうと最後までしっかり見届けてやりなされ」と語ります。さすが、秀吉殿の妻、言うことに重みがあります。

それにしても徳川殿には腹が立ちます。マジメな一豊さまは直政殿のもとへ足繁く通い土佐入国へのアドバイスをもらいつつ、武力で制圧する方法も致し方ない、と悩んでいるのです。なのに、徳川殿、陰ではさらりと「あの正直、実直、律儀はまだ使える。」本人には「山内殿、そなただけが頼りじゃそなただけが」と頬ずり。なんたる二面性、苦労したのは分かりますが、性格悪すぎです。

大方の(?)予想通り、土佐へ入国した六平太。重臣達を差し置いて、政に口を出ししています。それでいいのか、一豊さま。

さて、美しい土佐の海を眺める一豊さまと千代さん。昔の素直で優しい一豊さまに戻り「千代にもろうた千代の国じゃ。このような美しき国で戦などしたくないのぉ」と言っているところに、千代さんは銃弾で撃たれるのでした。何で助かったのかしら、まさか、あの六平太とおそろいの鉄砲玉にちょうど当たった、なんてことはないですよね。

今回は、新衛門爺の「何が正しく何が間違いかは、後の世の民にしか分からぬこともございます」に考えさせられました。石田殿は間違っていたのか、徳川殿は正しかったのか、後の世の民にも分からぬこともはあるのです。何が正しく何が間違いか、絶対的な答えは無いのではないか、と思ったのでした。

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November 12, 2006

功名が辻:第45回「三成死すとも」

何と言いますか、やはり作り方が巧い『功名(巧妙?)が辻』。
泣きながら、ブーブー突っ込んでいました。

オープニングが先週のまとめで手抜きだったので、うっかり洗濯をしていたら、最初から三成殿のいい場面。
(何ゆえ三成が素直につかまったか→小早川にイヤミを言うためかいっ!)
三成殿が一豊さまへ、淀殿への遺言を託します。また一豊さまにかいっ!と思いつつ、上川一豊さまと中村三成殿がじっと見つめ合っていると思わずウルウルしてしまいます。

そして、一豊さま、帰宅。ここからは、久々の歴史ホームドラマです。
一豊さまの「よう生きておったな」に心がこもっていて、涙ぽろぽろ。そして出ました決めゼリフ、
「お命の持ち帰りこそ、功名の種にござります。」
でも、もう千代さんも若くはありません。落ち着いた、胸にしみる声で一豊さまに語りかけるのです。千代さんが歌い、一豊さまが舞う。しかし、喜びの舞ではありません。敗れていった者達への鎮魂の舞なのです。

三成殿から承った遺言を淀殿へ伝えに行く一豊さま。しかし、例の侍女に「会いとうない」と言われてしまいます。例によって例の如く「千代ーっ、千代ーっ。」遺言を淀殿へ伝えるように頼みます。
「たとえ内府様に屈するとも、秀頼君と豊臣家をお守りくだされ。」(絶妙に千代さんが翻訳しています。)
遺言を聴いた淀殿は、千代の前で泣き崩れます。
「ただ祈って欲しい。我の代わりに。三成がこの世に生まれたことを悔いることなく、静かに生涯を閉じられるようにと。」
あの強気な淀殿に、こんな殊勝なことを言われたら、見ているこちらも号泣してしまうのです。

が、戦勝報告に来た家康殿他の前では、三成の思いを受け継いでイヤミ全開。ふてくされている小早川殿にも、恐縮している福島殿にも痛烈な一撃を食らわせます。そして〆は「忠義にも様々な形がある、されどこれからは内府殿と心を一つにし、秀頼君への忠義つらぬかれるべし!」言い切りました。「あの女子、生かしておかぬは…」と家康殿、ブチキレ状態。それでこそ茶々様!そうこなくっちゃね。

再びホームコメディーへ。土佐二十万石を拝領した一豊さま。家康殿の耳に心地よい台詞に感激している一豊さまですが、相手はタヌキですから・・・。

千代さんを中心に家の者が勢揃いしているところへ、一豊さまのご帰宅。
「何ごとじゃ?」
「土佐二十万石、おめでとうございます。」
「千代、千代に貰うた国じゃ」
「キチベエ、どうじゃ見えるか、一国一城じゃ」
最初から見ている視聴者に泣けと言わんばかりですね。祝いの席で一豊が千代にも盃を勧めると、お約束通り大きな盃を取り出す千代さん。まさに歴史ホームコメディの真髄なのでした。

あぁ、ここで終ればいいのに。

と思っているところへ六平太、登場。「土佐、二十万石は目出度いかどうか分からんぞ」と苦言を呈します。残り4回、最終回はどうなるのか、見たいような見たくないような。

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November 05, 2006

功名が辻:第44回「関ヶ原」

「その時歴史が動いた」!?的解説の入った今回の「功名が辻」。
面白いと思う方もいるかもしれませんが、なんとなく内輪ウケっぽくて気に入りません。

さて、今回のMVPは六平太でしょう。
「我らはここを動かぬ」と言っていた一豊さまを動かし、関ヶ原の戦いのキーパーソン小早川殿まで説得しています。六平太を主人公にしたら面白いかもしれません。結局、小早川殿は家康殿から脅しの大筒を撃たれて、ようやく打って出るわけですが。

戦闘シーンはともかく、戦が終った後の描き方はさすが人間ドラマ「功名が辻」。

敗走する石田殿。「なぜだ、なぜ、なぜ義あるのは我らだ。」
世の中、”義”だけでは渡っていけないのです。島津殿にも最初に夜討ちを拒んだのはそっちだろー(怒)、と言われていましたっけ。

戦の後の軍議。小早川殿に石田殿のいる佐和山城を討って欲しいと頼んだ家康殿。浮かない顔をして席を立つ一豊さまに、家康殿はポロリとこぼします。「人の心につけこむのも疲れるものでございます。」自分と同じく老骨に鞭打って戦に出た一豊さまにだからこそ、こぼせた言葉なのでしょう。”理”で勝っても、気分はすっきりしないようです。

雨に打たれながら軍を引き上げる一豊さま。「勝ちはした。勝ちはしたが、勝つこともまた寂しいことじゃ。」若い新一郎には、まだよく分からないようでした。

「三成、三成、三成・・・。」感情を表に出さなかった淀君が泣きじゃくる。一瞬の登場でしたが、切ないです。

「何ゆえ三成が素直につかまったか。その謎は次週解き明かされる」って、それほど知りたくはないですけれど。主役は山内夫妻ですし。

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October 29, 2006

功名が辻:第43回「決戦へ」

今日は山内一豊デーでしたね。

まずは千代さんから届いた石田殿の書状を徳川殿へ差し出す一豊さま。ここはすっかり千代さんの筋書き通りです。徳川殿に見せることを目的とした一豊さま宛の手紙、すっかり徳川殿も千代さんの策略にのせられています。恐るべし、内助の功。

続いて、徳川殿に味方すると決めたものの迷いのある福島殿に説教する一豊さま。
「福島殿は誰の為に戦をなさる。それがしは、それがしの家臣と領民の安堵のためならばこの命は惜しみませぬ。」
若い頃と変わらない馬鹿正直な言葉ですが、福島殿に響いた様子。年を重ね、言葉に重みと真実味が備わったということなのでしょうか。

続いて、家督を継いだ堀尾殿の息子が登場。父親から「徳川殿が石田攻めを決めたら、城を徳川殿に明け渡せと言われた」と相談をもちかけます。なんと一豊さま、軍議の席でこの堀尾殿の言葉をぱくっちゃいました。「掛川の城と領地、いっさいがっさい徳川様にお渡しいたします。」感激(したふり)をする家康殿。後に続く大名達。一豊さま、年をとり、このあたりの知恵もついてきたのですね。その後、一豊さまに謝られた堀尾殿の息子、「山内様に言われたら、父も喜びましょう」とは父親譲りのいいヤツでした。

掛川城を明け渡し、雨の中で待機する山内軍。不平をこぼし徳川家の勝利を疑う兵に一豊さまは言います。

「勝てるかどうかではない、われらが徳川様を勝たせるのじゃ!」
「わしは運が強い。皆もその運を信じよ!!」
「皆の者、死に物狂いで共に戦おうぞ!!!」

おおおっ!一豊さま、士気を上げるこんな演説もできるようになったのですね。かっこいいです。

長くなりますので、大阪の話は他の方のブログにお任せしたいと思います。

が、一つだけつっこませてください。
「六平太、一豊さまを守って。一豊さまはもう若くないの。」
千代さん、もう六平太も若くないですからっ。

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October 22, 2006

功名が辻:第42回「ガラシャの魂」

けっこう面白かったです、今回の功名が辻。
緊迫感があったこと、山内夫妻が主役であり、玉さまも自然な形で絡んでいたことが理由だと思います。

千代さんは一豊さまへ石田殿からの書状を持たせた山内家の命運を握る使者を送り、一豊さまは千代さんを守るために康豊さまと山城を大阪へ遣わせます。すれ違いではありますが、最終的にはいい方向に展開する使者なわけで、このあたりに夫婦の、と言いますか、山内家を守る同志の勘の冴えを感じます。この夫婦だからこそ、乱世を生き延びたのだと感心。関所で、千代さんからの使者・孫作、康豊と山城コンビ、六平太がはち合わせというのは、タイミング良すぎですけれど。一豊さまのもとへ、使者が到着。千代さんからの手紙でようやく心を決めた一豊さまです。

一方、千代さんは康豊・山城コンビが来たとはいえ、かなりキケンな状況です。細川の家を守るために、玉さまは屋敷に火をかけて絶命。千代さんのもとへも再三石田殿からの使者がやってきます。

お奉行様とて私と添い寝はしてくれませぬ、
私が随うのは夫対馬の守ただ一人っ!!!

お見事!
さらにはいよいよ力ずくで大阪城へ連れて行こうとする使者に、火薬を積んで「もろとも灰になるまで」と啖呵をきります。こういうところは、さすが仲間千代さん、絵になります。

さてどうなるか、久々に次回が楽しみです。

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October 15, 2006

功名が辻:第41回「大乱の予感」

前回は見逃し、今回も途中から見た『功名が辻』。話が分かるような、分からないような。

石田殿は「家康に正義とは何かを見せてやろう」とおっしゃっていますし、一豊さまも「石田殿の豊臣を思う澄んだ心にも加勢したい」とおっしゃっていますし、どうも石田殿に「義」があるようです。これまでの流れを考えれば、石田殿は正義の人なのでしょうね、きっと。

千代さんは淀君からの呼び出し。相変わらずオドロオドロしい淀君ですが、「われはこれからどうすればよいと思うか」と千代さんに相談します。プライドの高い淀君が千代さんごときに相談するか?と思いつつ、まぁ、いつものことですから。「天下など徳川にくれてやってもよい・・・とも思う。されど、さすれば、我は何のために生きてまいったのじゃ。」なかなか深刻なテーマをクールな表情で語る淀君に、胸が痛みます。永作淀君も演技派ですね。そして出ました、千代さんの説教。天下より大切なのは、淀君と秀頼殿の幸せ、天下を差し出して自分達の命を守れと、正論を申し上げます。ここで千代さんが淀君に説教すること自体ヘンですが、そこはスルーして、母親の復讐のために大敵猿の妾になるという最大級の屈辱的体験をした淀君に、今度は息子の天下を狙う敵、徳川に縋って自分達の命を守れなんて、千代さんが冷静に言っちゃうところに驚き桃の木でした。

さて、人生の命運をかけた長旅に出かける家康殿。徳川側につくかどうかは会ってから決めるという一豊さま。家康殿との会談の途中、中村一氏殿が病をおして家を守るために家康軍に加勢することを告げに来ます。一豊さまと一氏殿のやりとりにうるうるっときつつ、「あとは伊右衛門、そち一人で走れ」って、えーっ!?堀尾殿はいつの間に亡くなったのですか??

絶対見逃したくないというほどではありませんが、なんとなく最終話まで気になる、そんな『功名が辻』なのでした。

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October 01, 2006

功名が辻:第39回「秀吉死す」

今回は役者さん達の演技に見入ってしまいました。

まずは柄本秀吉殿。死期の迫った老人の演技、見ていてかなりコワイのですが、でも見ずにはいられないその上手さ。ドラマ『功名が辻』では、けっこう皆さんあっさりとお亡くなりになっていたように思うのですが、猿殿は引っ張りましたね。彼のしつこさが表現されているように思いました。

浅野寧々様はこれまであまり好きじゃなかったのですが、今回はぐっときました。「上様がわしの腕を掴んであの世に連れて行こうと・・・」と怯える秀吉殿をしっかりと抱きしめます。「夢にございます。寧々はどこにも行きませぬ」にはうるっとしました。
秀吉殿の辞世の句

つゆとおちつゆときえにしわがみかな
なにわの事もゆめの又ゆめ

に対する「うちの人にしてはよい出来じゃ」にも、秀吉殿への愛情や二人で生きた時代への感慨のようなものを感じました。

対照的なのは、茶々様。弱っている猿殿をどんどん精神的に追い詰めていきます。「猿、市である」にはゾッとしました。母子二代に渡る執念、復讐だったのでしょう。

そして、家康殿。長政に秀吉崩御の知らせを聞き、なんとも表現し難いリアクションを示します。襖を開ければ朝日。はだけた寝巻きに紫の褌。「長かった。まったまったまった………」西田家康殿、かなり強烈でした。

ひっそりと送られる秀吉殿の棺を見送る石田殿も、印象的だったなぁ。

唐沢利家殿のこととか、山内家の跡取り問題とか、千代の側室大作戦とか、そのあたりは他の方の記事を読んで楽しませていただきたいと思います。


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